マネバナナ

好きなことを仕事にしたい30代ワーキングマザーが好きなように書いています

私の出産体験記②~無痛分娩~

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①の続きです。

 

www.manebanana.work

 

夫が仕事に行った後、4回目の子宮口を開く注射。

なんとか子宮口が10㎝まで開きました。

両親が病院に来ていたので、先生は母に会陰切開と吸引分娩を行うことを説明。

立ち合いは夫しかできない病院なので、母は分娩室から出されました。

ここまで結構時間がかかりましたが、お腹の赤ちゃんは元気と言われていました。

 

仰向けになり、いざ分娩体勢へ。

…胃が痛いっ!!

横向きだと平気だったけど、仰向けになると死ぬほど胃が痛い。

このまま出産とか無理無理ってレベル。

助産師さんにお腹がはったらいきんでって言われたけど、麻酔が効いているのと胃の痛みでお腹のはりが全くわからない。

とりあえず胃の痛みが少しだけ落ち着いたらいきむを繰り返しました。

でも、いきむと赤ちゃんが足で胃を蹴っているかのような痛みが…。

胃が痛いって先生に伝えたけど、どーしようもないから我慢してって言われて、とりあえず胃の痛みから解放されるには産むしかないんだと理解しました。

 

会陰切開と吸引分娩の力もあって、15時15分に何回かのいきみを経て無事出産。

元気な女の子でした。

初めてみた娘の姿は今もしっかり覚えています。

助産師さんが胸の上に娘を乗せてくれた時は感動!のはずが、胃の痛みで感動する余裕はなく、産まれてきた娘にかけようと考えていた言葉は何も出ませんでした…。

その後、私の体調が急変しました。

最初は寒気。

ただ、事前にネットで出産後は寒気がすると情報を得ていたので最初は「これか…」って思っていました。

ところがどんどん寒くなって体が痙攣したような状態に。

痙攣のような状態のまま嘔吐、過呼吸となりました。

意識は朦朧として声かけにはなんとか応じられるけど自分から話せない状態。

でも、先生は会陰切開の縫合を続けているし、助産師さんも冷静だったので、死ぬことはなさそうだと思っていました。

 

そんな状態のなか、助産師さんが赤ちゃんをタオルでくるんで再び胸の上に置いて写真撮影。

「赤ちゃんこのまま抱っこしますか?」と聞かれ、いや無理だろ!って思いつつ「預かっててください。」となんとか返答。

そしたら今度は医師が「ご両親に会いますか?」って。

いや無理だろっ!と思いつつ「帰ってもらってください。」と、こちらもなんとか返答。

その後から眠ったのか記憶がありません。

 

目が覚めたら、まだ分娩室で、文字通り頭のてっぺんから足の先まで汗びっしょりでした。

どうやら電気毛布などいろんなものが掛けられているようでした。

助産師さんを呼んで分娩着を着替えさせてもらいました。

出産後の容態急変について先生が説明してくれたけど、嘔吐が続いていて意識が朦朧としていたので内容は覚えていません。

肝機能と何かの数値がどーのこーのと言われたような気がします。

後から再度受けた説明では胃の痛みも含めてヘルプ症候群の兆候だったようです。

 

その後、分娩室に再び一人放置。

もう少し休むように言われたけど汗は止まらないし、会陰切開のせいでお尻は痛いしで全く眠れず。

途中、夕飯が運ばれて来ましたが、「食べてもいいって言われてますか?」と聞かれ、何も聞いていないと伝えると持ち帰られてしまいました。

結局この日は一食も食べられず…。

 

お尻の痛みが限界だったのでナースコールを押すと、どうやら傷口がおかしな状態だったようで全身麻酔で再度処置を受けることになりました。

後で明細を確認したところ、会陰血腫除去術というものを受けたようです。

 

次に目を覚ますと助産師さんたちに陣痛室へ運ばれるところでした。

麻酔のせいか意識が朦朧としていて、この時もあまり記憶がありません。

時計を見たら夜中の1時過ぎだったことだけ覚えています。

出産から10時間も私は分娩室にいたようです。

 

出産してから娘に会えていなかったので、目が覚めると娘に会いたくて仕方なかったです。

出産後にスマホで撮ってもらった写真をずっと見ていました。

 

でも胃の痛みで朝食はほとんど食べられないし、貧血と会陰切開の痛みで体が思うように動かせず…。

それでも10時過ぎに頑張って娘に会いに行きました。

ナースステーションでガラス越しに娘を見たときは涙がでました。

あー本当に赤ちゃん産んだんだな、ママになったんだなって。

 

以上が私の出産レポです。

自己満足な記録を最後まで読んでくださりありがとうございました!


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