『「全米最優秀女子高生」の娘が母から教わった世界基準の子どもの教養』を読みました。
今回もボーク重子さんの本です。
子育てに役立てようと手に取った本ですが、自分の今後の人生を考えるうえで、とても参考になる本でした。
子育てしているかどうかは関係なく、「なんとなく人生に不満がある。」「毎日一生懸命生きているけれど、なにか物足りない。」などと感じている方におすすめです!
1章と2章を読むと、もやもやの理由がわかるかもしれません。
目次
内容
グローバル社会を生きていくための知識やスキルを解説した本。
国際化、多様化の進む現代。
一国で物事が完結していた頃とは全く違う社会であり、そこで生きていくためには新しい人生の知識とスキルが必要である。
グローバル社会にはグローバル社会のルールと常識がある。
それを知らずにグローバル社会へ飛び込んでも、「壁の花(=会話の輪から外れている消極的な人)」となり、活躍することは難しい。
英語が話せる、外国人に慣れているというだけではグローバル社会で活躍することはできないのである。
本書は著者自身がグローバル社会の常識やルールを知らずに「壁の花」となった経験から、グローバル社会で活躍するために必要とされる知識とスキルを紹介している。
本書の構成は以下の通り。
6章からなるが、第1章から第3章までが目に見えない教養、第4章から第6章までが目に見える教養。
第1章 リベラルアーツ
第2章 Cause
第3章 会話と会話術
第4章 外から見た印象
第5章 食事の仕方
第6章 グローバル社交
グローバル社会での教養を身に付けていなかったが故に起きた著者自身の失敗談がところどころ紹介されており、「グローバル社会」という漠然としたイメージを理解するうえでも非常にわかりやすい内容となっている。
感想
私は気分が落ち込むと、「何のために生きているのだろう?」と考えることがよくあります。
毎回答えは出ず、鬱々としたまま気分が上がるのを待つのですが、本書を読んでその理由がわかりました。
私には「Cause」がないのです。
本書によれば、「Cause」とは社会との関わり方のこと。
グローバル社会では、自分が住む社会への無知と無関心は受け入れられないそうです。
「社会のために自分はどうしたいのか、どうするのか。」を自問し、それを行動に移すことが求められます。
もう一度言いますが、私にはこの「Cause」がないのです。
私は仕事をしていますが、自分の仕事が社会に貢献できているとは思えません。
保険会社なので、会社としては少なからず社会に貢献していると思います。
でも、私個人が行っている仕事が社会に貢献できているとは思えない。
かといって、プライベートでも何もしていない。
このブログも自己満足。
いつも「何のために生きているのだろう?」という自問は「私が今この瞬間にこの世から消えても誰も困らないな~。」という結論で終わります。
「一度吐き出したらすっきりするかも!」と考え、ブログに何度かこのことを書こうと思ったことがあるのですが、「病んでいるのでは?」と心配されるのが嫌で書けずにいました。
何かしたい!
でも能力がない。
何の取り柄もない自分には、社会と関わることはできないと思っていたんです。
でも本書によれば、Causeとはそんな大きなことではなくて良いそうです。
自分で何かを一から立ち上げることが難しければ、既にある活動にボランティアとして参加する、それが難しければ寄付というかたちで参加する。
そんなことにも気づかなかった自分が恥ずかしくなりました。
アメリカでは4歳からCause教育が始まるそうです。
子どもに「将来の夢は?」と尋ねると、「ケーキ屋さん!」などと答えるのは日本もアメリカも一緒。
でも、子どもたちに「ケーキ屋さん」になりたい理由を尋ねると、日本とアメリカでは様子が違うようです。
日本では「ケーキが好きだから!」と言う返事が返ってくるのが一般的だと思います。
でもアメリカでは「小麦アレルギーのお友達もケーキが食べられるように小麦を使わないケーキ屋さんになりたい」と語るのだそうです。
これは一例ですが、この差には驚きです。
日本の教育では、「自分は社会のために何ができるか?」なんて考え方は教えてもらわないですもんね。
勉強するのはいい大学、いい会社に入るため。
いい大学、いい会社に入るのは自分のため。
採用面接では「御社に入社したら〇〇して御社(社会)に貢献できます!」なんて言ったりするけれど、結局は自分のため。笑
私が「Cause」という言葉を知らないながらも、「何かしたい!」というもやもやする気持ちを抱えるようになったのは、落合陽一さんとかMissBitcoinの藤本真衣さんとかメタップスの佐藤航陽さんといった自分と年が変わらないのに社会に大きく貢献している人たちの存在を知ったことが大きい気がします。
日本でも「Cause」をもった若い人たちが育ってきているということですよね。
グローバル化が更に進むことで、「Cause」をもった若者がもっともっと増えていくかもしれない。
その波に乗り遅れることのないよう、娘にはしっかり「Cause」という考え方を教えていかなければいけないと本書を読んで思いました。
「Cause」をもつうえで必要になってくるのが「リベラルアーツ」。
1章で詳しく解説されているのですが、これがまた非常に勉強になる内容でした。
リベラルアーツは日本語では「一般教養」と訳されます。
日本の大学に進学すると1年目に履修させられるのが一般教養科目ですが、リベラルアーツと聞いてこれらをイメージするのは大間違いだそうです。
リベラルアーツとは「知識の集積」ではなく、「意見の構築を助ける学問」であり、「自分を知り、自分の意見を構築することを育む教育」。
アメリカではこのリベラルアーツ教育も幼児期から始まるそうです。
自分が選んだトピックに関して発表し、聞き手からアドバイスや意見をもらったりすることで自然とディスカッションが生まれる。
その過程を通して様々な考え方や観点に触れ、自問したり、好奇心を刺激されたりし、思考力や自分の発想の幅を広げることができる。
これがのちに「Cause」へと繋がっていくようです。
日本の場合、こういった能力は家庭で意識しなければ身に付けることは難しいと思うのです。
かといって、子どもにだけ押し付けるのは違う気がします。
まずは親である自分がリベラルアーツを身に付け、Csuseをもち、行動に移す。
子どもは親をよく見ていますから、親の姿を見てそれが「当たり前」なんだと認識すれば、親の声も子どもの耳に届きやすくなるのではないかなと思います。
本書には「Cause」や「リベラルアーツ」以外にも、知っておくべきグローバル社会での教養がたくさん紹介されていました。
本を読んで知ったことは、実際に目で見て確認したくなるもの。
いま、私は猛烈に海外に行きたい気持ちが高まっています!
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